2013年5月12日日曜日

過去ブログからの転載:他人を助けられる人でありたい

Bloggerに引っ越す前はtumblrでブログを書いていました。
tumblrをカスタマイズして使っていたのですが、やはりBlogはBlogサービスを利用した方が使いやすいし、閲覧性に優れます。

それでBloggerにお引っ越ししたのですが、検索性の悪いtumblrのこと、過去に書いた日記が検索できなくなりそうです。
そのため、Bloggerに過去記事のお引越しをすることにしました。

以下の記事は、現在の記事ではなく、過去の記事となりますので悪しからずご了承ください。

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元記事:http://akihiro555.tumblr.com/post/22869190327

ブログデザインを変えてみました。
同時にTwitter連携も強化してみました。 Tumblrを使って出来る事は多いのですが、腰を据えてやる時間がありません。
少しずつ、好みの環境になるように整えていきます。

ところで、私は人が倒れる所に居合わせる事が、なぜか多いです。 ちょっと思い出すだけでも、枚挙に暇がありません。
とりあえず最近では、昨日、駅についた電車から降りようとした所、近くにいた男性が突然、倒れました。 顔面蒼白で意識が無く、冷や汗をかいている状況でした。 しばらく、呼び掛けていると意識が戻ったので、抱え上げて電車外に運び、駅員に救急要請しながら介抱していると、たまたま乗客にお医者さんがいて、診てくれると申し出てくれたので、お願いして立ち去りました。

先日は地下鉄で、ホーム下に女性が転落して動けなくなっていたので、背負って救助したりしました。

いつも、このような行き倒れる場面で思うことは、もう少し周りの人間は関心を持って救助活動したり、倒れた人を元気付けるような行動をすべきだということ。
面倒なのか、何なのかは知りませんが、ほとんどの場合、周囲の人間は遠巻きに見ている事がほとんどです。 あなたが倒れた時は、どうして欲しいのですか?
また、子供には困っている人は助けてやりなさいと教えながら、倒れている人には手も貸さずに、胸を張って子供の前に出れるのでしょうか?
私は困っている人を見過ごすような事はしたくない。 義を見てせざるは勇無きなりと言う言葉があります。 私は勇気ある男でありたい。
それに何より、弱っている人間、困っている人間に手を貸すのは、人間として自然な行為。 いつでも、困っている人を助けられるような男でありたい。

ただし、それと同時に思うことは、日本にも善きサマリア人の法を整備してもらいたいという事。 倒れている人に、何か手を貸そうと思う時、いつも思うのは、動かした事が原因で悪化したら、どうしよう?私の手当てが原因で悪化したらどうしよう?という事。


心肺蘇生法を施した時に、肋骨を折ってしまう事もあるでしょう。 やはり善きサマリア人の法を整備して、善意の救助活動で損害を与える事があったとしても、罪に問われる事が無いことを保障してほしい。
そうすれば、今は見ているだけの人も、救助活動を参加してみようと思うかもしれない。

ただ、何にせよ、人の為に出来る事をするという精神は常に持っていたいし、そう行動出来るような男でありたい。
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